スレッド「戦国時代の戦士はアニメとは違う」より。
引用:Reddit
(海外の反応)
1
万国アノニマスさん
フィクションのサムライ「真の戦士に必要なものは刃のみ」
現実のサムライ「火縄銃に装填せよー!」
フィクションのサムライ「真の戦士に必要なものは刃のみ」
現実のサムライ「火縄銃に装填せよー!」
戦国時代の戦士はアニメとは違う
2
万国アノニマスさん
テッポーだパキューンパキューン
3
万国アノニマスさん
真の戦士は戦いの中で自分が弱体化するようなことはしない
俺は専門家じゃないがカタナより銃のほうが上だと思う
俺は専門家じゃないがカタナより銃のほうが上だと思う
4
万国アノニマスさん
そもそも銃が発明される前でも彼らは主に剣で戦ってるわけじゃなかった
他の文明と同じように距離を取ることが有利という考えを持ってたし
剣術が重要だったとはいえ戦闘は主に槍だったよ
他の文明と同じように距離を取ることが有利という考えを持ってたし
剣術が重要だったとはいえ戦闘は主に槍だったよ
5
万国アノニマスさん
薙刀についても言及したい
長柄武器は最強だ
長柄武器は最強だ
6
万国アノニマスさん
なぜヨーロッパ人のように矢や剣に対して集団で盾を使わなかったのかいつも不思議に思う
当時金属が貴重だったのは分かるけど
なぜヨーロッパ人のように矢や剣に対して集団で盾を使わなかったのかいつも不思議に思う
当時金属が貴重だったのは分かるけど
7
万国アノニマスさん
全てのメディア(ゲーム映画アニメ小説RPG)で剣ばかりフォーカスしてるのは面白い
まるで槍は存在しない原始的な武器であるかのように
まるで槍は存在しない原始的な武器であるかのように
8
万国アノニマスさん
槍は剣よりも優れてる
ほとんどのゲームや映画では剣が究極の武器になってるのが残念
槍は剣よりも優れてる
ほとんどのゲームや映画では剣が究極の武器になってるのが残念
9
万国アノニマスさん
ぶっちゃけサムライは馬の育成と世話に莫大な費用を費やしていた
馬を買うなんて夢にも思わない一般兵が槍と馬を使うと思うだろうか?
ぶっちゃけサムライは馬の育成と世話に莫大な費用を費やしていた
馬を買うなんて夢にも思わない一般兵が槍と馬を使うと思うだろうか?
10
万国アノニマスさん
エイジオブエンパイア3で日本が
対建築用の迫撃砲を使うことが出来る理由はここにある
エイジオブエンパイア3で日本が
対建築用の迫撃砲を使うことが出来る理由はここにある
11
万国アノニマスさん
銃が登場する以前からサムライは刀と同じくらい弓矢をよく使ってる
つまり遠距離攻撃型のサムライというスタイルは当時から存在する
銃が登場する以前からサムライは刀と同じくらい弓矢をよく使ってる
つまり遠距離攻撃型のサムライというスタイルは当時から存在する
12
万国アノニマスさん
遠距離攻撃型のサムライこそデフォルトのビルドだ
遠距離攻撃型のサムライこそデフォルトのビルドだ
13
万国アノニマスさん
カタナが戦闘のメイン武器だったことはないが武士階級の権威の象徴ではある
武士だけが帯刀できるし自分達を侮辱する農民をカタナで殺す権限も持っていた
決闘もカタナで行ってたね
カタナが戦闘のメイン武器だったことはないが武士階級の権威の象徴ではある
武士だけが帯刀できるし自分達を侮辱する農民をカタナで殺す権限も持っていた
決闘もカタナで行ってたね
14
万国アノニマスさん
サムライは騎馬弓兵でありそれ以外は槍で戦ってた
剣はどちらかといえば自衛の武器
サムライは騎馬弓兵でありそれ以外は槍で戦ってた
剣はどちらかといえば自衛の武器
15
万国アノニマスさん
今のサムライの伝承の95%は
基本的に江戸時代に出来た二次創作だ
今のサムライの伝承の95%は
基本的に江戸時代に出来た二次創作だ
16
万国アノニマスさん
銃以前から彼らは馬と弓を好んでいた
遠距離から敵を射止めて距離を置けば死体を積みやすくなるしな
銃以前から彼らは馬と弓を好んでいた
遠距離から敵を射止めて距離を置けば死体を積みやすくなるしな
17
万国アノニマスさん
銃も剣も使うサムライが好きだな
銃も剣も使うサムライが好きだな
Shadow Tacticsってゲームはまさにそれで大好きだった
18
万国アノニマスさん
サムライは元々は騎馬弓兵でもあった
弓こそ究極のサムライの武器
サムライは元々は騎馬弓兵でもあった
弓こそ究極のサムライの武器
19
万国アノニマスさん
歴史的に忠実な戦国時代の映画を本当に見てみたい
クレイジーな量の銃が出てくるんだ
この時代の最後に使われた銃の量は当時のヨーロッパ全土よりも多かったと見たことがある
歴史的に忠実な戦国時代の映画を本当に見てみたい
クレイジーな量の銃が出てくるんだ
この時代の最後に使われた銃の量は当時のヨーロッパ全土よりも多かったと見たことがある
20
万国アノニマスさん
中世日本の領主は銃器を持って到着したヨーロッパ人を見て
すぐに500丁くれと叫んだらしいよ
中世日本の領主は銃器を持って到着したヨーロッパ人を見て
すぐに500丁くれと叫んだらしいよ

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コメント一覧
何でも使うぞ
元寇のときに、武士たちがモンゴル船内に乗り込む夜襲をしかけたんだけど
狭い船内では日本刀VSモンゴル兵装では完全なワンサイドゲームになって無双した経験が日本にあって
それゆえに日本刀が神格化されたという説がある
ちょっと前に壁の直ぐ側の狭い場所で、刀を引き抜く動画がバズってたな
そもそも1000年ちかく前に鋼と軟鉄のコンポジット構造を実現してた時点で
十分に神格化されるべきオーパーツの類なんだよ。
アタマの病院に行きなさい
船上武器として明〜大航海時代に盛んに輸出されたんだっけか
刀はサブウェポンの1つ
平安期の巻物でも日本刀で戦ってる侍が描かれてるので
不利を承知で得意武器だから使ってた人間も一定数いた。
1575長篠の戦いでは3千挺。1614大坂の陣で徳川が30万挺持ってた
戦国末期には50万挺存在していた
1589英国がフランスに軍を派遣する際に集めた銃は1100挺足らず
当時日本は世界一の鉄砲保有国だった
武士なら種子島を使えたが江戸以降銃兵は専門職でもあったと聞きます
彼らは地位的にはどうだったのだろう出世を望めたのかどうか
その通りです。
なので刀は柄と鞘を逆向きにして小脇に挟んで携帯するのが正しいサウラビスタイルです
刺客に襲われたときどうやって刀を抜くかって?
坐して斬られます
散弾銃と三段銃をかけたダジャレ!?
おもしろくないね…
それは戦国に火縄銃が伝来して以降の話に限定されるからメインとは言えない。弓と白兵用の獲物になると思うよ。
帯刀が許されたのはサブの取り回ししやすい武器ならってことだから
当時金属が貴重だったのは分かるけど
海外でも日本の武装の研究者がいるから調べりゃ出てくると思うんだけど。置き盾はあったし、戦場では騎馬や長柄槍、弓、銃などの両手武器を使っていたのも理由だよ。それと、西洋でも大航海時代になって、銃火器の浸透で対抗できない重い甲冑なんて着なくなって、それに合わせてレイピアなどの剣が主流武器になったろ。侍の刀もそれと似たようなものだよ。江戸時代に入って戦争がなくなり、町中での武装だから、刀が主流になっていったに過ぎない。それまでは刀ってサイド武器だったぞ。
武芸十八般に銃砲術は無い
鎌倉時代は騎馬乗って弓がメインでサブが槍刀だったけど応仁の乱辺りから戦の規模拡大+武士の武装が金食い虫で武士の下層に武士に必要な装備持ってない足軽が広まった
名のある武将は槍
坂田金時は刀の名手やぞ
軍隊単位ではサブウェポンでいいやろ
オモロイの一丁頼むわ、まさか口だけ番長か?オッサンw
三段銃なんて誤字かましてる雑魚やぞ
許したれ
幕末は名士の子なんか役立たずやったしな
むしろ農民上がりや下級武士が活躍した
それだけ武士の官僚化が進んでたって証左でもある
雑賀衆など有名な鉄砲衆もおる
全員分の武器を揃えるのも、それが壊れず長く使えるのも難しかったのかな
秀吉のチ.ョーセン征伐時、鉄の絶対生産量が極度に乏しく、チ.ヨンころ兵は鎧兜無しのショボすぎる衣服着用、刀も数少なく弓矢が主力。
刀が無いから剣技も無く、日本兵一人にチ.ヨンころ兵十匹がアイゴーアイゴー泣き喚いて追いまくられた挙句、膾のごとく簡単に切られたwww
チ.ヨンころがあまりにも弱いので、機動力の無いあの時代ですら、日本軍が釜山上陸後たった3週間で首都漢城が陥落する程の負け犬民族ぶり
世界最弱の負け犬民族チ.ヨンころ、ここにありwwww、何がサワラビだかワラビだがワカメだか、笑かすな負け犬チ. ヨンころwwwwwwwwwwwwww
るろ剣の縁の倭刀術の元ネタか
江戸時代には「侍」は階級であり生き方の方に重きを置かれていたんじゃないか?
足軽さえ持たない様な粗製乱造のナマクラが大陸では飛ぶように売れたからね
シナの鋳造技術は当時世界一で鉄を液体の様にドロドロに溶かせだから、刀は鋳鉄で大量生産が可能
但し鋳鉄の悲しさで脆く切れ味は悪かった
武芸十八般なんて戦国の世が終わって戦闘技能が評価されなくなった時代に日本に伝わってきた概念
そもそも武道なんていうのも平和な時代になってからごちゃごちゃ作り上げた物
そしてヨーロッパは銃を大量に装備(そして甲冑は殆ど着ない)したオスマン帝国のイェニチェリ軍団に圧倒されてた頃か。
明軍が来るまでチ.ヨンころは負けっぱなしだったんだよね、てか、明軍が来ても明軍のいないところではチ.ヨンころは最後まで負けっぱなしの腰抜けぶりwwww
今でもあらゆるスポーツでチ.ヨンころは日本人にボコボコにボコられてるねwwwwwww
絵巻なんか見せても釣れん
戦国末期にして最大の関ヶ原の戦いで、可児才蔵は最高戦功となる20もの首級を挙げた。あまりに首が多いため切った首に笹を埋め置き、以外笹の才蔵と呼ばれる。
以降の平和な世では、名を売りたい若武芸者が才蔵にしきりに決闘を挑むこととなる。
武芸者「才蔵、いざ尋常に決闘せよ」
決闘日の才蔵、配下の完全武装軍勢と現れる。
武芸者「ひ卑怯者、決闘だぞ」
才蔵 「俺の決闘は実戦だ」
馬上では長弓と槍、接近戦は刀
火縄銃が登場すると戦い方は変わったが
チ.ヨンころの英雄李舜臣も、あまりに弱かったからコソコソ日本軍の補給船だけ襲ってたんだよね
で、日明講和後に卑怯なチ.ヨンころらしく、初めて撤退中の正規軍の島津に後ろから卑怯打ちしたら鬼島津にボコボコにされて、簡単におっ死んだ負け犬ぶりwwwwwww
これがチ.ヨンころ一の英雄だと…🤭🤭🤭
鎌倉武士とか特に
モンゴル兵というか、モンゴル兵は指揮官級の少数で、後は女真兵、漢人兵、で最多は高麗のチ.ヨンころ兵だからとにかく弱かった
言い方的に、お前も刀を貶めたいが悪いっぽいが
合戦戦場での話な
馬鹿じゃないのか
侍の事じゃ無く、使ってた武器の話だろ…
彼らはそれを「高く売れた」と勘違いする。急いで帰って大量の銃をかき集めて、再度来訪するも、
すでに日本では改良型が量産されており、一丁も売れずに持って帰ったという有名なエピソードがある。
それって、世間一般でいうところの”海賊”ですよね?
いくら撤退中だからと言って正規軍を襲うなんて間抜けにもほどがある
刀のイメージが強いのは戦争の無い時代、江戸時代が長かったからだよ
ほとんどは農民が担がされてたんじゃないでしょうかね
江戸時代でも槍術なんか同情はあったが鉄砲術?って感じだし
武将より猟師が持ってそうな気がするけど
その頃も弓がメインだったし
そして銃が進化したから鎧が廃れ現代になり鎧(ボディアーマー)が復活しつつある
時代や状況で変化してるだけよん
砲術もやる。
「兵法」だぞ。現代まで続いてたら、核ミサイルだって使うさ。
日本刀など白兵戦か暗殺、平時の路上の護身術。
もしくは「殿中」でしか使わん。
合ってるけどあの状況で補給線を断つゲリラ攻撃をしたのは有能の部類と言って良いだろう
嫌いが高じて妙なフィルターかけて奴等みたいにならない事を祈る
まーあの国で英雄だから好敵手扱いの脇坂安治が日本屈指の名将になってると言う謎状況ではあるが
馬鹿じゃない? → バカチ.ヨン
犬夜叉
さすが牟田口廉也を生んだお国柄
兵站軽視は日本人特有の民族性か
弓か槍を使うから鉄砲は確かに担ぐ機会は少ないだろうとは思う、鉄砲の利点は訓練が簡単で武者でも倒せるお手軽さだからな
刀はサブウェポンって何度も言われてるからな
だからこそ最後に頼るサブウェポンの刀は重視されたんだが
戦国時代なんてそっちの方が多そう
刀オンリーなんて合戦がなかった江戸時代くらいじゃないの
ぶっちゃけ、メイン武器って思想がないから遠ければ弓、近ければ太刀使うだけやで
分業でメイン武器持つ専門職生まれたの戦国辺りだけど、あくまで足軽等で武士は最後まで遠近両用が当然だし
まあ、遠近両用の装備揃えた金持ちの職業軍人だから一人で複数の兵科賄えたって事でもあるが
盾を持たないのもその流れ。だから鎧の肩口にある大袖が盾の代わりなんよ。騎乗で弓引く時大袖は背中側に周り背後を守ったりしてた。
ぶっちゃけ、和弓を始めとした日本の遠距離武器が強力すぎて手に持てる重量の薄い盾だと貫通するだけだからな……
そんな役に立たない盾を持つぐらいなら馬に乗って数十kgの鎧着るし(重量は馬に負担させる)、地面に設置する分厚い巨大な盾使うわけだし
今川義元や徳川家康が「海道一の弓取り」って呼ばれたのも武士=弓使いの棟梁だからだしな
上の子そうみたいだが秀吉はすぐ海路防衛強化して李は何も出来なくなったんやで?
そうして結局和睦後の島津に攻撃して返り討ちと言う名将様の末路
ならば国家間の条約無視は君ら特有の伝統芸ですかな
まあ君らの国の歴史ではどんな話になってるのか知らんが
武士は最初の時点で和弓で遠射した上で刀で騎乗突撃する複数兵科の融合体だからな……
メインサブの話をする人多いけど、そもそも弓使いつつ状況見て刀で突撃する柔軟な運用が可能な重装弓騎兵が武士なんだし、そういう運用しないのならわざわざ超高額ユニットである重装弓騎兵なんて無駄なんだし
侍の定義も時代とともに移り変わっていっているし、広くとらえれば火縄銃で戦った武士も侍と言えるだろうし
もっと狭く捉えて一般的なイメージに近づければ江戸時代の侍に代表されるような人たちは基本的に刀を使っていただろう。そもそも戦争に参加する機会が少なかったから槍や弓矢を使うことがない。
ぶっちゃけ、あの国の中では優秀ではあるからな、当時からしたら略奪に依らない大規模な補給線構築するWW1に近い未来の軍隊相手に、正確にそれを理解できたのは優秀
とはいえ、それはあくまであの国の中での話であって、日本では一般武将レベルではあるが
逃げ上手の若君で、「画面映えしない」「原始的すぎる」とかの理由で描写されないとか言ってたな
というか、弓の錬成が数年かかるから数ヶ月で済む銃が重宝されたんであって、単体性能としては弓に劣るで、当時の銃
逆に、短期間で大量動員可能っていう総合性能の高さで弓を超越してるから、むしろ農民崩れは長槍か銃みたいな感じだったんじゃないかね?
簡単に言えばプレートメイル来てる欧州の騎士に弓追加したユニットだぞ
リバースエンジニアリングってのは「模倣元と近いし技術力」が無いと成立しないからね。その意味を考えれば当時の日本がどういう国だったか分かると思うが。
いや、三成は優秀で、15万人という当時でいえば桁違いにとてつもない、しかも海外にいる軍に、全体でいえば合格点を与えられる補.給を行った
李舜臣の補給船狙いは戦略としては正しくとも小規模で、全体の補給線を断てた訳ではなく、しょせんゲリラ戦
弱いからコソコソ補給船狙いしか出来なかった、のが真実wwwwwww
倭寇が大暴れしてた時に日本刀が大変有用だったから
中国が日本刀伝説を広めてくれた
足場が悪く、重い鎧は向かない上に船内は狭いという状況が
完璧に日本刀とマッチしてた
チ.ヨンころ側は、国内にいるチ.ヨンころ兵15000匹、いや1500匹にすら補給出来なくて、なんちゃらいうチ.ヨンころの大臣が駆けずり回った挙句泣いてたけどなwwwwwww
ところでお前ってKだって自己紹介したのに気付いてるのか?
鎌倉武士「船上で鎧脱ぐとか馬鹿なの?」
数百km先に突出してる軍が補給限界線超えるからと停止命令出したりどんだけ戦場全体見えてるんだってぐらい化け物じみた情報処理能力あるからなぁ、アイツ
殆ど要領を得ない書状と伝令でなんでそこまで見渡せるんやあいつ
そもそも見てるものがほとんど映画や時代劇なんだからそりゃ見栄えがいい刀での戦いが増えるのは当たり前
黒澤の用心棒にも銃が出てくるがほとんど刀だからアクセントになるだけでみんなが銃ならストーリーも変わるし戦いの場面に見応えが皆無
日本側の記録に一切出て来ない程度の雑.魚.だからなwwwww
またしてもフィクションと現実混同案件か
今のアサルトライフルと刀剣じゃ勝負にならないけど、火縄銃&槍と弓矢&槍だと弓矢側が強いと思うし
西洋の貴族がレイピア使うようになるのとか戦いの場が白兵戦メインでなくなった結果刀使用するシーンが江戸時代には増えたんだろ?
雉も鳴かずば撃たれまい…
似たようなコメ繰り返して、似たようにボコられ馬鹿にされる
チ.ヨンて学習能力皆無だね、だからバカチ.ヨンか、科学ノーベル賞ゼロも伊達じゃないねwww
基本は長いヤリを持った部隊がヤリで叩き合いをして、打ち負けて隊列がくずれたらそこに突入
そこから入り乱れての乱戦が始まる
日本刀→拳銃
弓、槍→自動小銃
や、アメリカ人がいくら拳銃が誇りだって言ったって戦場では自動小銃使うだろ? で平時の護身用や治安維持用ならよほどの暴動でもない限り拳銃使うってだけ、だからどっちが強いとかどっちが誇りだとかじゃなくて必要な時に必要な方使うんだよ,刀が侍の象徴みたいに言われるのは江戸時代になってからはずっと平和だったんで刀しか使う場面がなかったってだけ
火縄銃は単なる弓のバージョンアップだな、あれで足軽や農民ろくに訓練無しでも飛び道具使えるようになった
近年の出来事であってもK国は悪びれずに平気で真実を塗り替えようとする。
基本的に切り捨て御免は切腹もしくは打首とセットだからねぇ
元々民衆に打ち壊しレベルの一揆起こされたら切腹取り潰しが基本の江戸の武士にそんな強権ない訳で
それは応仁の乱以降の話だな。
それもちょっと違うよ
そもそも、武士は弓騎兵じゃなく重装弓騎兵で弓撃った後に刀抜いての騎乗突撃もセットだからね(どっちも担えるからこそ高コストでも維持してたんだし)
対戦車兵が対戦車ミサイルと小銃担いでるようなもんで、どっちが主兵装じゃなくどっちも主兵装
逆に、槍兵は機関銃兵に近いから刀は拳銃に近い扱いになる
忍術が抜けてる
うっかり爆発とかやらかした侍もいっぱいいただろうけど知ってる人いたら教えてください
信長発案の長槍(長さが三間半=6m強)は、集団戦専門の軍隊専用武器だから、個人戦主体の武器にはならなかった。
平和な江戸時代にはどちらも不必要なモノになったから結局刀に帰結したんだよ。
なお、幕末の第二次長州征伐で武士が主体の幕府軍15万の武装はフランス製マスケット銃だったのに対し、民兵による長州軍七千の武装はアメリカ南北戦争で改良が徹底的に加えられたイギリス製の連発元込めライフル銃だった。結果は長州軍の圧勝。武士の時代が事実上終わったことを示す戦いとなった。
記事読んでからコメント書いた?
東南アジアでの無敵艦隊スペイン軍を潰したのは日本のサムライという史実もあるし
武士のステータスとして武器をいろいろ混同してるわけだろ
F1ドライバーが公道でF1カー乗ってるかといえば乗ってるわけないのと一緒
江戸こそサムライの歴史やろ
創作で楽しいとかカッコいいとか優先せずに余計な事ばっか考えるからあっちの作品はクソみたいな作品ばっかになるわけで
なんでお前の名を上げるためだけに真剣勝負すると思う?って煽ってくれたら最高
重たい盾を重い甲冑着た侍が運ぶ必要ないからな
人足に運ばせてたんだろ
そもそも武士は弓騎兵だから重装の鎧着た上で武装山盛り出来るからねぇ
騎馬の利点って単純な速度以外にも重装備でも徒歩以上の機動力確保出来る所もあるし
モンゴル騎兵が得意とする弓騎兵で消耗させて重装騎兵で蹂躙する戦法が武士だと一つの兵科で可能な訳だし
そもそも「メインウェポン」って一個で有るとは限らんぞ?
遠距離用のメインウェポンが弓、近距離用のメインウェポンが刀って感じで使い分けるだけだし
火縄銃や弓持ってって撃ち尽くしたら刀で突撃するだけよ
実際問題、弓兵は錬成に時間がかかって貴重だし、槍は重いからねぇ
結果、足軽でも数の多い軽歩兵が刀中心になるのは当然っちゃ当然
据え置き式(持ち運び可)の大きいの木製だけど
あと大鎧の肩に付いてるのも一応は盾扱いなんじゃね?
戦国時代でも意味性で美術品としての側面添加されたりしたのと同じで
それを経ながら実としてのイデアも維持してた結果最終的に装飾的美学武器になった
なんか嫌な事あったん?
彼らにも、非常に扱いにくい長剣だからこそ伝統的なドイツ剣術が進化したように、クロスボウやハルバード、モーニングスター、はたまたクレイモアやエグゼキューショナーズソードとか「うわあゲームで見たそれ」「デカいだろそれはっ」って、おっさんが厨二病発病しっぱななしになるもんがたくさんある
馬具とか籠手とか意匠がかっこいいんよ、金属がレースみたいなのや、肩に担ぐロケットランチャーみたいな火縄銃の原型がモンゴルから入ってるし
まあそりゃ人力で戦ってんだから、どこの民族もなんとか体格や地形の弱点を埋めて、特技を活かして平均値を上げていく方に工夫するわなあ
都民の皆さん、ハルバードてあれ、ツキノワグマに有効らしいよ
メインは槍か弓
人形劇の戦争パートだと鉄砲撃ってばかりだったし
刀以外の獲物を使えるサムライゲームなんていくらでもあるし逆に刀しか使えない方がつまらなくね
楽しいとかカッコいいを優先すべきってのは同意だけどな
銃が最強だの槍が最強だのと馬鹿は何でも単純化したがるがそういう話じゃないんだわ
それをカタナしか使わないみたいに思う奴は無知なだけだし反動でカタナを軽視する奴も同じくらい無知
ハリウッド映画で歴史を知った気になってんじゃねーよ
自身で扱えた方が射たせるタイミングとかで有利だから習得した武士は多いが実用としては刀よりも出番は少ない
日本にしろ海外にしろ兵科が銃兵が基本になるのは後装式の普及を待たなくてはならんので
戦国時代までは戦場で銃を射つのは銃兵担当になった武将くらいの物だからな
日本人でもほとんどが勘違いしてるんだけど、戦国時代後期を除けば刀ってバリバリのメインウェポンなんだよね。文禄慶長の役の明やちょーせん側の資料にも「とにかく刀術が脅威だった」って記述ばっかだし。
薩摩とかの武将は大体馬上筒持ってたりしたとも聞くしそこは大名によるかと
逆に信長は本能寺でも銃使わずに弓や槍使ってるイメージ強いし
というか、足軽は槍や銃等の主兵装あるが、武士は主兵装決めずに徒歩や騎乗や敵との距離等、状況に応じて弓や槍や刀を切り替えるのが普通じゃね?(そもそも武士という専業軍人の錬成コスト考えると主兵装を確定させるのは逆に無駄だろうし)
日本人が騎士を見聞きした知識で語るのと同じ
そもそも真面目な議論でもなく雑談の翻訳だろう
興味あることを語るだけで悪意もないし
何なら翻訳元にでも行って教えてあげればええやない
だから武田家家宝の「盾無し」は肩アーマーの部位が無いからそう呼ばれている。
また、手持ち盾を使わなかっただけで、地面において使う置き盾とかは多用していたのだよな。
なんなら武器持った農民もサムライだと思ってそうだ
モンゴル人兵士は文永の役で半数弘安でも万単位で普通に戦力の中核だが
「戦場の主役は弓や銃、そして長槍といった武器」
と
「武士や足軽の主装備の内の一つは刀」
は普通に両立するからな?
遠距離武器で全部解決する訳ではないから近接武器は必要だし、陣形が必要な長槍は追撃や乱戦に弱いからその時は刀に持ち替える訳だから普通にメイン武器の一つ
輸入した側の記録
「普段から腰に差して歩けるコンパクトさなのに両手斧に匹敵する威力……倭寇が強い訳だ」
黒い血が入ってないとホンモノじゃないって?
雑賀集は武士やないw
あの、走って来てズラッと盾並べるのかっこいい
源平の時代なんかはよく絵巻に出てくるが、盾を裏から肩で体重かけて支えるから、発想はたぶんそんなとこからなんだろうな、と
戦国時代なんぞ対火縄銃対策に、足軽らのお安い槍の柄の部分の、壊れた時の取り替え用に使う「竹」、これをたくさん束にして縄で縛って、簡易盾にしてたな
厚み、デカさ、しなやかな柔軟性で跳ね返す防御力のわりに、竹だから軽くて、一般足軽でも持ち上げてちょこっとずつ前に進めるとかで
源平時代、室町初期ぐらいまでは、有事に備えて毎日鍛錬することこそ武士の本懐みたいなストイックなとこあったからなあ
いろんな武術から鎧や武器のお手入れ、馬の健康対策、爺さん曾祖父さんらの実際の体験談まで、武士なら一般教養的な何かの扱いだし、馬術の訓練で子や爺様が落馬で亡くなるなんてこともあったそうだし
今の、昭和の「24時間戦えますか」からタイパコスパに話が移ったみたいなノリで、全国的に内戦状態になった室町中期以降は効率優先になる
だから150も153も否定しないし、そりゃ命懸けなんだから使えるもんは使わにゃならんかったんだろうけど、ただおっさん単純に不思議なのが、幕末ってさ、鳥羽伏見、戊辰戦争、新選組とかに詳しい人らならわかると思うが、彼ら狭い京の町で、町屋や建物や船の中で平気で刀振り回してんだよ、彼ら農民出身者結構おるし、江戸時代は真剣ではなくて木刀で鍛錬してたみたいな話もあるしなあ
日本では開けた平地の方が圧倒的に少ないんだぞ
持ち盾も存在はしてたけどおっしゃる通りの理由で置き盾以外廃れたのです
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