Ads by Google
(海外の反応)
1
万国アノニマスさん

1899年の日本の芸者や舞妓
貴重なフィルムをカラー化してみた
貴重なフィルムをカラー化してみた
2
万国アノニマスさん

今でもこんな感じだし変わってないな
日本は伝統を維持することに長けてるね
日本は伝統を維持することに長けてるね
3
万国アノニマスさん

オーマイガー、この雰囲気がよく伝わってくる
4

日本酒で酔っ払いながら座って三味線の音色を聞きたいと思ったのは求めすぎかな
↑
万国アノニマスさん

そんなことはない、夢に生きようぜ!
↑
万国アノニマスさん

自分はそういう予定を立ててる
東京に6週間滞在したので今度は京都を散策してみるよ!
東京に6週間滞在したので今度は京都を散策してみるよ!
5
万国アノニマスさん

自分の祖父はこの映像が撮影した時11歳なので1899年はそれほど昔じゃないね
祖父は1983年に68歳で亡くなってる
祖父は1983年に68歳で亡くなってる
6
万国アノニマスさん
なんか手品をしているように見える

なんか手品をしているように見える
7
万国アノニマスさん

1868年頃に日本は京都から江戸(現東京)に遷都したと今日知った
京都は1000年以上首都で、日本の歴史はずっと昔まで遡れる
↑
万国アノニマスさん
おそらく帯枕が入った帯締めってやつだね

おそらく帯枕が入った帯締めってやつだね
10
万国アノニマスさん
比較用にオリジナルの映像はここで見れる

比較用にオリジナルの映像はここで見れる
↑
万国アノニマスさん

”修復”したものよりこっちのほうが遥かにリアルだと感じる
↑
万国アノニマスさん

確かに奇妙なもやor過度に加工されたテクスチャが無いね
13
万国アノニマスさん
自分の祖母はこれが撮影された時1歳だ

自分の祖母はこれが撮影された時1歳だ
14
万国アノニマスさん
これは美しくもあり怖くもあり
カラー化することで当時の現実がより身近に感じるし
若い女の子たちがおそらく60~70年前には死んでいると考えてしまう

これは美しくもあり怖くもあり
カラー化することで当時の現実がより身近に感じるし
若い女の子たちがおそらく60~70年前には死んでいると考えてしまう
15
万国アノニマスさん

占領前の日本は見てて凄く興味深い
本当に隔絶された近代文化だし、並外れている
本当に隔絶された近代文化だし、並外れている
16
万国アノニマスさん
自分の家は1896年に建てられたから
その頃に生きて繁栄してた人達を見れるのは素晴らしい気分だ

自分の家は1896年に建てられたから
その頃に生きて繁栄してた人達を見れるのは素晴らしい気分だ
17
万国アノニマスさん
シンプルに凄いな
昭和天皇が生まれる2年前だぜ!

シンプルに凄いな
昭和天皇が生まれる2年前だぜ!
18
万国アノニマスさん
夏に芸者の本を読んだばかりだから見てて興味深かった!
19
万国アノニマスさん
こういう動画は大好き
カラー化はありがたいね、歴史を生き生きとさせてるよ

こういう動画は大好き
カラー化はありがたいね、歴史を生き生きとさせてるよ
コメント ※httpや特定の単語をNGワードに設定しております。また、不適切と管理人が判断したコメントは削除致します。ご了承下さい。
コメント一覧
判断基準はシンプルだよ
あの時代にピンクなんて
ほとんど存在しなかった
たしかに日本でよく見る顔の一つで逆に大陸ではあまり見ない
中国やかん国とも違う特徴が見れておもしろい
明治より前の映像は西洋と張り合って背伸びしてない日本人がみれていいな
元々は花札屋だからね
TVゲームやゲーム&ウォッチが出る前は花札やプラ製のトランプ売ってたな
この映像は明治よりも前ではなく、1899年なので明治31年。
明治初期に日本を訪れたシドモア(日本からワシントンに桜を送るきっかけを作った人)の日本紀行に、日本人の顔立ちは多様でのっぺりした顔やローマ人のように見える人もいるって書いていた。
だから長洲未来の顔こそが昔ながらの日本人の顔ってわけじゃないよ。
なんか生きてるみたいで気持ち悪い
知らなかったの?
みんな知ってるよ
祖父は1983年に68歳で亡くなってる
計算が合わない。1988年生まれのようだから享年95歳じゃないのか?
伝統文化と近代技術が並立していた稀有な時代。
あちこちに居ただろうから外国人を見る機会も有ったろうけど、
カメラでの撮影は緊張と珍しさと恥ずかしさが滲んで写ってるね。
まだ併合前で日本が日本らしい時だったろうね。
外国人の目からは今より更に正直で純粋に映って居ただろうと思う。
いろいろ突っ込まれてるけど今でもああいう顔の子はいるよ
芸能人ではあまりいないから見る機会が少ないだけでしょう
あなたは北か南にお住まいでは?
芸者は黒い和服を着ることが多いから、島村は即座にそれが分かったのだ。
ここに写っている女性たちは多分、芸者ではない。いわゆる、素人の娘です。
踊りを舞っているからといって、舞妓というわけではない。普通の娘であろう。
この時代のグラビア?的な写真見ると、こういう顔が多い
女学生が集まる写真見ると、もっと色んな顔がある
日本人は他の血が比較的混じって無いから今も昔も顔はそんなに変わらないよ
化粧方法や栄養状態が変わったから見た目が変わったように見えるけど
そんな情報で自分の先行き考えるなんて今考えると恐ろしい時代だな。
頭悪そう
今の京都の芸者さんや舞妓さんとほとんど変わらないように見える
張り合うも何も
そんなに事言ったら欧米人達だって今と顔違うけどな
1900年代初頭にアメリカでマスカラが開発されるまで、あんなゴリゴリぱっちり目じゃないし
100年前だからもっとがさつなのかと思ったけどもともとの国民性なのかな
戦前の日本女性ががさつとかありえんわ
日本は庶民まで江戸時代も戦前でも化粧文化やおしゃれ文化が普通だった
明治や大正時代などに日本旅行した外国人による手記に日本人女性の優雅さを書いたものは多い
違うとしたら、昔のほうはぽっちゃり含め太ってる人がほぼいなかったから、昔の人のほうが顔立ちはすっきりして見えるかもねくらい
背景も着物も茶器も日本人らしい笑い方の仕草も、現代に至って一つも手に入らない物になってない所はすごいのかもね
芸者は黒い和服を着なければならないわけじゃないよ
「雪国」のセリフは、黒い和服「黒紋付」が格式の高い祝いの席や、逆に礼を尽くした葬式なんかで着られる着物で、一般人が普通に着る服ではなかったからだね
現代人でも「モーニングコート」を着てる人がいたら、娘が結婚式を控えた父親か、何らかの勲章や表彰を受ける人だろう、って予想をするのと同じことだね
ちなみに西郷隆盛さんが写真とは別人と言い出したのはフジテレビ
ファミ通のアレで知ったくせにえらそうだな( `・ω・´)
照明技術があかんかったから薄暗い場所でも映えるように白塗りするようになったんだってね
歌舞伎役者もそう
現代では必要ないんだが様式化している
そういうのは紹介制の世界だから
政治家とか実業家を通すなりしないと
カラー化の音声は大体後付けの偽物だよ
あと色は製作者の好みで着色してるわけじゃないのでピンクはないとか間抜けなことも言わないように
白黒映像から元は何色だったか、って判定できるようになってる、ってことでいいのかな? 自分は染色を趣味でやるんだけど、濃い赤の花弁(椿とか)と酢があれば絹は簡単にピンクに染まるから、当時ピンクがない、っていうのは考えられない。むしろピンクが一番楽だもん。紅花で濃い紅色から薄い桜色まで自由自在にいけるはず。緑色の葉とミョウバンがあれば黄色も簡単。絹は簡単なんだよな、動物性タンパク質は簡単に染料と結合するから。麻や綿は染まりにくい。
現代で江戸より前の染色しようと思うと一番難しいのは黒かもしれない。五倍子とかどうやって手に入れるのか、見当もつかないわ。白膠木の木にできた虫瘤が大量に必要なんだよね。江戸以降は矢車附子染が流行するのでそこまで難しくないけど。
有声映画がアメリカで上映されるようになったのは昭和入った頃じゃなかった?
白黒のソースにも音声なかったから他の人の言うとおり多分これも適当
平安時代の着物、赤いの多いがまあ貴族だしな。戦国時代のも金や赤多いけどまあ武家だしな。江戸時代の農民は紺色や柿渋色や草地色も多かったようだけど。現物色々残っててよかったわ。
すごいな、音が残ってんだな
キャピキャピしてるでやんの
今も欧米に比べて日本人が背が低い理由の一つだね。
そりゃ芸子さん舞妓さん達は所作から叩き込まれるんだから振る舞いが上品なのは当然
今の若い子よりよっぽど洗練されてるんじゃね
それ芸者さんの女の子まで変.態呼ばわりしてて失礼なんだけど
会社のパートのおばちゃん連中が喋ってる雰囲気そのままというか。
日本語って時代によって略されたり造語増えたり元々とは違う意味になったりと他国より変化のある言語だと思ってたけど、こんな感じなら戦国時代の人とも普通に話せそう。
ピンクはなくても桃色は?
カイガラムシの着色は高松塚古墳の壁画にもあるし
アレ?
このコメなんの意図があるのか、どんなヤツが書き込んでるのかさっぱりわからん
美人顔って、面長で幼い小顔の子たちのこと?
ひとりで写ってる丸顔のおばさんっぽい方のこと?
海外の掲示板みたいに知ったかぶりして嘘を断言する人、日本にもいたわ。
逆に昔より今の若い子の方がガサツな印象あったわ。
他国よりは自国の文化を残しているとはいえ、厳密にいうと手書きの器も着物もなかなか手に入らないものになったよ。
最近は見直されてきてはいるけれど。
どこを探したのか、騙されたとはどういうことなのか…
江戸から明治は白米がご馳走だと信じていたから。
江戸時代に身長も寿命も下がった。
脚気の原因が白米だと信じなかった陸軍医No.2の森鴎外のせいで日中戦争は戦死者より脚気での死者が多いと知ってびっくりした。
間違えてハート押したけど、音声に違和感
格式が高いのは五つ紋
その下の格式になる一つ紋とか三つ紋とかあるので紋付ならなんでも格が高いかというとそうでもない
黒紋付自体は昔は一般人でも持ってたよ
時代によっては黒の紋付羽織持ってたら急なシチュエーションでも大丈夫!って便利アイテム扱いされてた時代もある
川端康成は大阪の人だけど、黒い和服ってのは大阪では普通のお金のある商人の娘さんにも流行だったよ
昔から芸妓さんの服装って日本では流行になってたんだよね
かなり上の階級の人まで芸妓さんが着てたものが広まって着るようになったものも多い
芸妓の衣装から舞台の役者へ伝播、そこからさらに流行ってパターンだったのかも
お座敷に上がるような職業ですから、当然所作振る舞いは叩き込まれております
置屋という舞妓芸妓が共同生活をする芸能事務所のような家は、昔は小学生くらいの年齢から女の子を預かり、花柳言葉から糸竹管弦、舞や所作を叩き込みました
置屋から小学校に行かせても「日焼けをさせてはお座敷にあがれません、体育はさせんといてください」と女将さんが言って運動会ですらお休みをさせたそうです
島原の資料館で学芸員の方からこう説明されましたね
最近は照明技術が上がったから、白粉にも桃やベージュの色を足して大分ナチュラルに見えるよう調整してますね
日本橋や向島に行けば体験コースを用意しているお店もあるそうですよ
今でも結構海外の反応系掲示板だと「服がエレガント、皆ロングスカートを穿いていて美しかった」なんて書かれてました
言われてみれば確かにヨーロッパより夏は蒸し暑いですから、皆涼しさを求めてスカートを穿いてますね
中年になってもマキシロングスカートは体型カバーにもなり楽ですし涼しいです
気候の違いで服装も変わるだけではあるんですが、それが良い印象を残すなら嬉しいなと思いました
コメントする