スレッド「1863~1877年にフェリーチェ・ベアトによって撮影された日本のサムライ」より。
引用:Reddit
(海外の反応)
1
万国アノニマスさん
1863~1877年にフェリーチェ・ベアトによって撮影された日本のサムライ
この写真は手作業でカラー化されている
この写真は手作業でカラー化されている
2
万国アノニマスさん
凄く素敵だな!
3
万国アノニマスさん
物思いにふける表情をしているな
4
万国アノニマスさん
昔のカメラは撮影するのに時間がかかるとは知ってたけど
14年間というのはじっとしていられないほど長い時間だ
14年間というのはじっとしていられないほど長い時間だ
↑
万国アノニマスさん
君には親父ジョーク銀賞をあげよう
5
万国アノニマスさん
サンダルについて誰か説明してくれないか?
↑
万国アノニマスさん
それはサンダルじゃない
彼は体の一部がミュータントタートルズなんだ
彼は体の一部がミュータントタートルズなんだ
6
万国アノニマスさん
2足持ってるけどこういうのは足袋と呼ばれ
バランスや体幹を良くするためにつま先が分かれてるんだ
めちゃくちゃ履き心地が良いよ
2足持ってるけどこういうのは足袋と呼ばれ
バランスや体幹を良くするためにつま先が分かれてるんだ
めちゃくちゃ履き心地が良いよ
7
万国アノニマスさん
サンダルの名称はワラジだよ
足袋は具体的には衛生上の理由で履く
当時はワラジでも下駄でも紐を結んでいた
足袋は具体的には衛生上の理由で履く
当時はワラジでも下駄でも紐を結んでいた
8
万国アノニマスさん
足袋=つま先が分かれた靴下だね
足袋=つま先が分かれた靴下だね
9
万国アノニマスさん
カタナが短く見える
俺がアニメに出てくる2mのカタナに見慣れすぎてるだけかもしれないが
カタナが短く見える
俺がアニメに出てくる2mのカタナに見慣れすぎてるだけかもしれないが
↑
万国アノニマスさん
自分もそれは思ってた
おそらく脇差しなのでは?
おそらく脇差しなのでは?
10
万国アノニマスさん
実際の日本刀はそんな長くない
西洋のアーミングソードと長さは変わらないよ11
万国アノニマスさん
これを妻に見せて靴下とサンダルは昔ながらのファッションだと教えなくては
これを妻に見せて靴下とサンダルは昔ながらのファッションだと教えなくては
12
万国アノニマスさん
こういう手作業でカラー化した日本の写真集を持ってたなぁ
1980年代初頭に300ドルで売られてたから買ったけど手元に残しておくんだった
こういう手作業でカラー化した日本の写真集を持ってたなぁ
1980年代初頭に300ドルで売られてたから買ったけど手元に残しておくんだった
↑
万国アノニマスさん
今だったら良いねがたくさん貰えてたかもな
14
万国アノニマスさん
時代を考慮すると戊辰戦争で戦った男かな?
時代を考慮すると戊辰戦争で戦った男かな?
15
万国アノニマスさん
待ってくれ、こんなのハリウッドで見たサムライのイメージじゃない
彼らは背が高くて荒々しくて誉れ高くあるべきだ
この人は1863年頃のコスプレイベントにでも行こうとしてるんだろう
待ってくれ、こんなのハリウッドで見たサムライのイメージじゃない
彼らは背が高くて荒々しくて誉れ高くあるべきだ
この人は1863年頃のコスプレイベントにでも行こうとしてるんだろう
16
万国アノニマスさん
サムライ時代のアジア人の平均身長は150cm
申し訳ないが時間を遡ると鎧を着たチビのようになる
サムライ時代のアジア人の平均身長は150cm
申し訳ないが時間を遡ると鎧を着たチビのようになる
17
万国アノニマスさん
こんなの最高すぎるよ
こんなの最高すぎるよ
18
万国アノニマスさん
フェリーチェ・ベアトは今まで聞いたことなかったけど凄くクールな写真だ
フェリーチェ・ベアトは今まで聞いたことなかったけど凄くクールな写真だ
19
万国アノニマスさん
どうしてステレオタイプなサムライの髪型をしてないんだろう?
どうしてステレオタイプなサムライの髪型をしてないんだろう?
20
万国アノニマスさん
なお忍者がカーテンの後ろに潜んでいるとは彼は知らないのであった
なお忍者がカーテンの後ろに潜んでいるとは彼は知らないのであった


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コメント一覧
ただの観光客が鎧着て撮影してるだけ
観光地行けば今でも出来る
幕末殆ど(少なくとも長州征伐以降)鎧着てないからな、江戸時代の時点でよろいというより鎖帷子みたいな防具レベルのモノが主流だったし
(着てても畳具足とかあーいうの)
ガチの侍は抜き身を無造作に床に着けないと思う
日本刀は切っ先が命だからな
おそらくタケノコだろう
観光客というかこの手の写真はお土産向けに役者がコスプレしてる
因みに10世紀のヴァイキングの男性は171センチ
神社に奉納するか規定の長さに作り直す
坂本龍馬なんかも好奇心旺盛だから残ってる
日本人も戦国武将と戦国大名の違いも分からんしな
目が節穴にも程があるだろ
脇差の意味が分からなくて脇に挟んでた(写真有り)半島戦士サワラビがなんだって?
「サムライは戦士サワラビから派生した言葉だ」とか噴き出すようなこともいってたな
仕えるを意味する「さぶらう(候う)」から出来た言葉だし
源氏物語の冒頭にも「いずれの御時にか女御更衣あまた候ひ給ひける中に」と書いてある
あ、半島では文化の優位性を誇張するために平安時代を教えないらしいから知らないのも当然か
奈良時代からいきなり鎌倉時代に行くらしいからなあっちでは
浪人とかは剃らないらしい
また幕末は新選組のような浪人や百姓から選抜した武士や
脱藩した志士だとかがいたから
偽物だと断定するのは難しいかもしれない
足袋靴下は踏み込みに良くサンダルも履けるのでヨロシク
まぁここでいっても無意味だが!
欧米だって言うほど高くなかったけどな
1800年代オランダですら、160センチ台だったったし
人種差別や同性愛差別とかでもそうだが
欧米は過去の自分達の事無かったフリして、自分達は昔から今と変わらなかったようなフリするの得意よな
うちの親父は育ち盛りを戦後まもない極貧期に経験してるけどそれでも158あった。
それと比べてもよっぽど酷いもん食ってたんやろうなあ
これは役者。
「七人の侍」で三船敏郎がやってましたね。あれもキャラ立てでしたが、他の侍はやってない。
俺には若い頃の加藤茶が真面目な顔した時に見える
ビッケに出てたスノーレの立場は?
日本刀の評価も同じだよ。
洋剣は切れ味悪く刃を握って柄で敵を殴ってたレベルだったのに、
何故か現代技術で切れ味の良い洋剣を作って、日本刀に対抗しようとしてる。
もっと肉食え
肉食わない奴は頭も悪い
たけみつ!
本物の侍は甲冑姿の写真撮らせてくれないから金でどうにかなる人をモデルとして雇ってる
四つ足の椅子と壁が西洋丸出しだから、おそらく写真館で撮ったものでしょうが、
本物の武士、または武士の心得がある人なら刀は抜き身ではなく、鞘ごと中央で立て、
両手で押さえるポーズにするでしょうからね。少なくとも威厳に掛けて。
肉食ってないからや
白米文化になってるのが一番やばい
他の時代は肉食わなくても玄米やアワヒエとか食ってるから江戸時代よりマシ
白米はまじ日本の癌だからね
江戸時代から現代まで日本人は身長グッと伸びたけどアメリカ人はほとんど変わってない
地図とかこっそり半島を大きくして日本列島を縮小したの使ってるからな
マジで救いようがない
加藤も志村もコメディアンで隠れてるだけで本来はハンサムだぞ
なんで侍好きなんだ?
やっぱりたくさん殺されたから?
どうやって抜くの?
若い頃は菅田将暉にそっくりだぞ
遺骨から平均値出すのでそういうのは何をサンプルにしてるかで幅がかなり大きいが鎌倉時代もデカい
そして勿論ピークは現代
戦国時代にその座を追われた将軍がやった話残ってるね
150年前って言ってるから、
戊辰戦争の時に新政府軍に対抗した幕府軍じゃないのかな?
江戸時代の侍は欧米人を殺しまくってた
だから欧米人に人気になった
どう見ても肉と白米だろ
肉を食べない江戸時代と平安時代がワーストだしな
肉が少し復活した鎌倉や戦国はでかくなってるし
古墳や弥生は一番肉とカロリーが高い時代だしな
幕末は幕臣含めて総髪多いんだが
西郷の恩人の方の島津の殿様とか月代そってないだろ
記念写真で先祖代々の誇りを着るのだとかかもね
原本の本?をみないとなんとも
当時のアジア人の身長は150cmと言ってるが、
日本については正しくはないな。
幕末の志士は、多くが身長が170cm程度であったことが確認されている。
当時の民間人でも、有名な葛飾北斎は身長180cm、二宮尊徳は185cmであった。
だけど、当時も現在も、彼らの高身長が特筆されていない。普通にヨクいる身長であったからだ。
要するに、日本人には、低身長の者もいるが高身長の者もいるってことだな。
洋剣は切れ味悪く刃を握って柄で敵を殴ってたレベルだったのに
>>
よくある知ったかやめろカス
それ創作
例
左に背負い前で回すようにように抜く
(もののけ姫の騎馬武者がやってる)
あるいは鞘を投げ捨てる
ロングソードは鈍器で切れなくて〜
普通に昔のイラストで敵の首を切り落とす図や技の記述がある
戦場用が(日本でも)平時のモノより刃を立てないのを拡大解釈したモノ
別に江戸時代の侍全員が髷してたわけじゃないしな
髷職人にやってもらう、金のある侍がやってたものだし
でも平均は155なんでしょ?
力士とかはでかかったね
侍は全体の1割で侍の中では170は当たり前だったてこと?
江戸時代の力士は現代の力士よりはるかにでかい奴が多いね
江戸時代はデカい奴はでかい
アメリカみたいな環境だったんだろう
言えば言うほど軽蔑される。
他人の物を欲しがるなよ。
元々日本は色んな種というか血が入ってるので大きいのもいたし小さいのもいた
小さいほうだと武田の山県昌景なんかが140ぐらいしかなくて当時でもとても小さい
大きい方だと沢山いるが例えば真柄直隆なんかが2メートル越え
その「平均」が間違いだな。
江戸時代以前に、特別に歴史に残る著名人以外は、日本人の身長は測りようがないが、
一般的に、日本人の身長測定が全国民的に行われるようになったのは、
明治以降の徴兵制度においてだ。
たとえば、日本の戦闘機乗りの撃墜王といわれた「西沢広義」は、身長が180cmを越えていたが、
もし、日本人の平均身長が160cm程度であれば、戦闘機の窮屈な座席に座ることは難しく、戦闘機乗りになるのは難しかっただろう。つまり、当時の日本の戦闘機は、身長が180cmを越える人間でも、普通に操縦席に楽々座って撃墜王になることが出来た、つまり、そういう180cmを越える人間が普通にいて、戦闘機の座席の大きさもそれに合わせて作られていたってことだ。
タンパク質が大豆かメザシぐらいだから。
牛、豚、鷄はおろか、卵でさえそうそうは。
近藤勇、徳川慶喜も総髪ですね
しかも爺さん、婆さんなんかが食べてる
食べるために育てている獣ではなくてなにかの拍子に手に入ったものを食べてた
狸汁も本当は狸ではなくて貉汁、貉は狸、穴熊、ハクビシンみたいな動物をさしてて
汁にされてたのは美味しい穴熊だと言われてる
今でも馬肉を桜、猪を牡丹、鹿を紅葉、鶏を柏、兎を月夜なんて呼んでるが昔から隠語で呼ばれて
出すお店もそれなりにあった
そうなると膠や油も当然とるし、残ったものを油かすといって
これも食用にしてた
また当たり前だが熊や猪なんかは専門のマタギが獲ってたし
その皮なんかを税で物納してた
そこで得られた肉は当然誰かが食べてる、店に卸したりもしてたんだろう
武士なら頭頂部は剃り上げてる筈だが。
どこの誰だろ
髷じゃないから藩士じゃなさそうなんだよな…
申し訳ないが時間を遡ると鎧を着たチビのように
当時は欧州でも平均160cm台とかだからそんなもんだ
現代日本の平均身長は南欧人と2~3cm程度の差だから栄養の大事さが分かるな
北欧人とはまだ10cm近く差があるけど
でも他の時代に比べたら圧倒的に少ないんでしょ?
戦国時代並に肉食べてたってこと?
でも白米だから圧倒的にタンパク質不足だよね
欧州人は弥生古墳時代みたいな食生活が普通だからね
同じような食生活なら同じようなサイズになれるけど
米より麦のほうが圧倒的に栄養素高いからね
南欧人がチビなのは牛乳飲めないからだよ
例えば牛一頭育てるために必要な餌を作る代わりに米を育てたほうが養える人口が多い
ゆえに自然に育ったものを狩りをして食べることになるがやはり効率は稲作のほうが圧倒的に上だから必要な分を高値で売る人しかとらない
山は当時から簡単に人が死んでた、山の神は気まぐれでおっかない、これが転じて自分の女房をカミさんと呼んでた
日本を含めて稲作をやっていたところは現在でも圧倒的に人口が多いのも
そういう食料生産率の問題が大きい
事実だけど?
日本の刀が切ることを洗練したのは食文化にも関係あるしな
包丁も魚を綺麗に裁いたり綺麗に切る必要があったからな
生の状態は火の通った欧米の肉やハムなんかよりよっぽど薄く綺麗に切るの難しい、刃物の洗練さが要求される
欧米は最近大手スーパーで薄切り肉売る場所も出てきたようだが、生の状態で肉を薄切りにする食文化もあまりなかったしな
日本人が持ち上げてるドイツの包丁日本の包丁の町と言われる場所に工場あったり、ドイツの高級包丁を日本人が作ってたりするんだよな
2メートルは大雑把に言ったんじゃないかな
実用性皆無だけど五尺刀(180cm)の大太刀ならYouTubeとかに抜刀動画とかあるよ
白米も玄米もタンパク質の量は大して変わらん。
白米よりも玄米のほうが多いのは食物繊維やビタミン。
江戸時代は精米技術が低いから完全な白米は珍しい。
江戸時代にも魚は干物とかでよく食ってた。
酪農すれば良いじゃん
弥生古墳や欧州は酪農してたのに
日本では元々女は神だろ
前述した通り人口支持力は圧倒的に稲作が上
山本夏彦(大正生まれ)の随筆読むと卵って昭和の中頃まで病気の人のお見舞いに持っていくと喜ばれるような、滋養のある貴重品だったらしいね
アワやヒエと白米のタンパク質量は全然違うだろ
それに白米はビタミンB1が絶望的に少ないからな
これは成長に致命的
農家もたまに手に入る卵と祝い事などがあると〆て食べる非常食として鶏を育ててた
当時は品種改良もそこまでできていないし、エネルギーも基本炭や薪と今とは取り巻く環境が大きく違う
現代でも肉はあまり食べないけど卵は世界でもトップクラスに消費してる
それが身長伸びた理由か
だから欧州は人口少ないのか
欧州は元々森だらけの地形だった、森の中に街が点在してる
小麦などのために開墾するんだが連作障害のためにどんどんと開墾し続ける必要があった
結果現在のように森が少なくなってる
日本は先祖が開墾して水田を作ったら子孫は永遠にそこで米を作って暮らせてた
今でも農家は田んぼに執着する人を見かけるが当時はそれだけの価値があったもの
この写真は、戊辰戦争時の新政府側に従軍してた人の写真だったはず。
幕末の写真集を見たけど、こういう格好の人の写真ががたくさん載ってた。
菊千代は侍の騙り者というのが最も重要なキャラ立ちだからね
後年の大物感のある芝居とは違う野獣さながらの野生児ぶりだった
この写真は官軍の兵士で間違いないよ
玄米じゃなくてアワやヒエと比べたいなら白米じゃなくて米と書くべきだったね。
単純に重量単位で栄養価を比べたらそうでも気候とか栽培可能性とか土地面積当たりの収穫量とかその他の色んな要素も絡んでくるからね。
江戸時代にはそもそもビタミンは発見されていないし社会において身長を高くすることの重要度もそんなにない。
徳川慶喜は月代剃ってる
今の西洋人180センチ>今の東洋人170センチ>東洋人西洋人160センチ>東洋人東洋人>150センチ
東洋人東洋人て何?
戊辰戦争の時でも甲冑着てる人はいたみたいよ。
銃撃戦の後は切り合いになるし、とくに胴と篭手は結構使われてたそう。
小麦は土地生産性が低くて食べるには加工して粉にする必要があるからね
サムライ映画の一本も観たことないんだろうか?
目尻と口元もカブキみたいなメイクしてる
武将として戦いながら博物学者でもあった変わった侍。
じゃー、ブサイク寄りのフツメンくらいやな
カルシウムと成長ホルモンの総量でしょ。肉食いまくりの古代ローマ人なんて平均身長150cm代だぞ。
普通のザンギリやろ?
そんなの明治以降やろ
絵じゃん
無理でしょ
大航海時代のオランダ人の身長が船のベットのサイズから考えて精々160cm位らしいからな。
低身長六割、中間二割、高身長二割ぐらいだったと思ってるわ
ウチの家系は先祖代々農民だけど男も女もみんなデカイぞ 大正〜昭和は家族の男子が兵隊になったら家族や友人と記念写真撮ってたみたいで先祖の写真が残ってるけど男は軒並み180〜cmくらいで血縁の女は160〜cmくらいの人ばっかだったわ
近所の人からは「ナナフシ族」とか「ノビノビさん達」って言われてたんだとw
何年か前に旧墓の土地に土葬されてた先祖の遺骨を掘り出して新墓に入れる作業手伝った時見た明治以前の骨も太くてデカかった
現代日本人にも当て嵌まるけど、その家系ごとの遺伝はやっぱデカイよ
戦国時代の方が高かったんだから、江戸時代は体格が良く無くても生きられる平和な時代だったって事だよな。
肉食禁止されて体格が小さく成って、戦乱で強い者しか生きられなく成って身長が伸び、平和に成ってまた縮む。
現代の場合は戦後に食料事情が良くなって身長が伸び、今は貧困化でまた縮む傾向かな。
いろいろな衣装や小物があるから今で言う劇団員みたいな人が好んで来たとか
港から近い場所だから外国人もコスプレして撮影した写真があったりする
というか、有れ模造刀だよな。
あれだけ曲って折れないなんて。
そもそも、本物買う予算が有るのか?
安い物でも数十万、どう見ても新刀だから本物なら200万はするんだが。
しかもロングソードなんて当時物は殆ど残って無くて、現代の鋼で作った偽物だよな。
戦国ゴンベエですらこんな大鎧時代遅れだったらしいからなあ
この人は侍で合ってる
戊辰戦争で戦ってる
根拠も証拠もないのに決めつける。
せめて、と思いまーすぐらいつけとけ。
黒澤明の影響もあるが、人を殺せるカッコいい武器を持ってるから。忍者も好きだけど本物の写真残ってないし
髷を落とした所謂「ザンギリ頭」ってやつだね
観光客じゃないよ
これ、有名な絵はがきの写真
ブロマイドみたいなもんだが、役者さんが扮してる
撮影した写真家は有名人だし、他にも戊辰戦争、幕末当時の実際のサムライ、武士の写真、風景写真もあるよ
見分けるポイントはいくつかあるんだが、まずこの写真については衣装が華美過ぎる
光を反射するキンキラかつ、胸の部分なんぞ見ただけでわかるペラペラ鎧だし、これは衣装だから軽量になってる
マントついてるわ、朱塗りの鞘とか舞台衣装にしかないし、もうちょい詳しい人なら髪型も武士でないのがわかる
総髪はアリだが前髪はなし、それは少年、そもそも鎧のウエストあたりと足の脛周りが鎧の着用の仕方じゃない
鎧着用時は靴、当時の軍靴は草鞋の一種だが、は鎧と一体化するから脱がないんだよ
ちゃんと脛当て、甲当てがあるし、鎧で屋内に入る時には畳がボロボロになるから、畳の方を上げて板床張りにするもんです
剣豪将軍かい
化粧をした武士がいるか――――――w
俺にもそう見えた
会津戦争は、武士の娘達は、甲冑と薙刀で武装して戦ったぞ。
山本八重みたいに鉄砲奉行の娘で、最新のスペンサー銃を装備してるのは、例外。
実は、古代ローマでは食肉は高級品で、一般市民&奴隷&剣闘士らは、代用食の豆が主食。
皆がポンペイの壁画みたいな生活はしていない。
坂本龍馬、高杉晋作はざんぎり頭だったが。
見事な考察っぽくドヤってるけど、この写真について調べたら分かるよ。
北が大きいだけだぞそれ。欧州でも南欧は小さい。大英博物館とかの甲冑も見たらわかるがみんな基本小さい160㎝代が普通。日本も150から160程度だっただろう。ローマとかなら150㎝くらいで小さいのでガリア地域からは小さいことを馬鹿にされてたようだしな。ゲルマン人とかは北側に行くと多少背が高くて170㎝くらいだろう。ただローマがフランス辺りにいた半裸の蛮族だった人種をボコボコにしてしまうんだけどね。
今みたいに180㎝とかになったのは欧州も比較的最近で1900年ごろまではみんな160代が普通の欧州人だった。身長が伸びたのはどの国もここ100年のことだね
月代剃るの金かかるから。
男がみんな毎日ヒゲ剃るペースで
月代剃らなきゃならんのよ。金と手間かかるから
貧乏暮らしは月代剃れない。
あれは源平合戦の頃の騎射に適した鎧だからな
写真はゴンベエの頃の当世具足と呼ばれるもので、大鎧に比べて動きやすく作られている
孤軍奮闘したのは事実だが使ったのは長巻きで
名刀を使っていたというのは後世の創作
そもそも仮にも将軍が直に剣を振るう場面に追い込まれてる時点で愚か
だいたい殺し合いしてる三好がいるのに将軍親政とかやりだそうとするのが間違い
朽木谷に逃げてる期間の方が京より多く、朝廷にも献金しない貧乏公方で
「あんなやつ知らんわ」と見切りをつけられて見捨てられてる
現代の服着てもらったらそのへんに居そうだよな
マリー・アントワネットは「パンが無ければライスを食べればいいじゃない?」って言えばよかったのか……
古代ローマ人は肉より魚って塩野おばあちゃんが言ってた
>幕末の志士は、多くが身長が170cm程度であったことが確認されている。
ねーよw
幕末は"平均身長”が156cmなんだから。
当時としては日本で最も豪華な食事をしてたであろう歴代徳川将軍15人も2人をのぞいて150cm台だ。2人は身長130cm台で一人は子供、もう一人は小人症だった(日光東照宮にある徳川将軍15人の墓はすべて身長と同じ高さになっている)。タンパク質が足りない江戸時代の食事では将軍クラスでさえ大きくなれなかった。
まあ当時はヨーロッパの国々も平均160cm台前半~中盤だけどね。ようするにどれだけ現代が恵まれてるかってことだね。
本物の侍の写真が見たいなら名前が残ってる有名どころの写真を見れば確実。
日本刀の長さと鞘の長さがあってないので小道具ではないかと。
侍なら刀が痛むからやらんよ。
普通のサンダルなら脱げるビーチでも歩けるんだから
機能性抜群なのよね
長州征伐での幕府軍は昔ながらの鎧きてたよ
長州側が軽装で機動力いかし勝ったわけで
江戸末期や明治なのに、鎌倉時代の鎧を着せていたり鎧兜は適当に揃えた物が多い。
当時はモデルなんぞおらず、付近の奉公人や村人をつかまえて被写体になってもらっていたのだ。
侍は役人の一種であり、
横浜港および外国人居留地(桜木町や関内、元町、山手)は幹線道である東海道からあえて逸れた小さな港に作られ、東海道を行き交う一般の日本人と接触しないよう計画的に隔離された地域だったので、被写体になってる日本人は漁民と農家、外国人の元で働く奉公人と外国船で連れてこられた中国人だけだった。当時の横浜は今と全く違い、文化も歴史も町も人もない新興の小さな村だったわけだから。
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