スレッド「封建時代の日本のサムライですら輝くものが好きだった!(これは本物の一朱銀貨だ)」より。
引用:Reddit
(海外の反応)
1
スレ主
封建時代の日本のサムライですら輝くものが好きだった!(これは本物の一朱銀貨だ)
2
万国アノニマスさん
俺はこういうのを見たかったんだよ
3
万国アノニマスさん
めちゃくちゃクールじゃないか!!!
4
万国アノニマスさん
これはカッコいいし羨ましい
↑
スレ主
俺はもっともっと更に欲しいよ!!!(笑)
5
万国アノニマスさん
自分は二朱金貨(これの金版)を買ったけど
自分のコレクションの中では一番のお気に入りかもしれない、マジで最高だよ
6
万国アノニマスさん
コインだけど長方形なのか…なるほど…長方形のコインね…
コインだけど長方形なのか…なるほど…長方形のコインね…
7
万国アノニマスさん
世界中の銀をもっと見たくなる!
8
万国アノニマスさん
日本に18年間住んでたことがあったけど
銀を追い求めなかった自分を引っ叩きたい
銀を追い求めなかった自分を引っ叩きたい
↑
万国アノニマスさん
日本語読めるの?何て書いてあるの?
↑
万国アノニマスさん
一 朱 銀
面白いことに漢字の”銀行”を直訳するとシルバーウェアハウスだ10
万国アノニマスさん
読み方はイッシュウギンだね
読み方はイッシュウギンだね
11
万国アノニマスさん
可愛らしい、文字が書いてあるキュートな小石のようだ
1つ欲しいよ!
可愛らしい、文字が書いてあるキュートな小石のようだ
1つ欲しいよ!
12
万国アノニマスさん
凄く素敵だね!
凄く素敵だね!
↑
スレ主
自分もそう思った!
小さな五重塔の枠にこれをはめてペンダントを作ってみるつもりだ
小さな五重塔の枠にこれをはめてペンダントを作ってみるつもりだ
13
万国アノニマスさん
これこそリアルマネーだ
これこそリアルマネーだ
14
万国アノニマスさん
欲しくなってきた、キャンディみたいでキュートじゃないか
欲しくなってきた、キャンディみたいでキュートじゃないか
15
万国アノニマスさん
クールすぎる
当時の日本の庶民はこれで何を購入してたのか気になる
クールすぎる
当時の日本の庶民はこれで何を購入してたのか気になる
16
万国アノニマスさん
これは今まで見たことなかったけど本当に綺麗だ
稀少なのかな?
これは今まで見たことなかったけど本当に綺麗だ
稀少なのかな?
↑
スレ主
そこまで稀少ではないけど買ったのはこれが初めて
17
万国アノニマスさん
どこでこんな宝物を見つけたんだい?
どこでこんな宝物を見つけたんだい?
↑
スレ主
地元の人からだね
18
万国アノニマスさん
こういうのは本当に羨ましい!!
こういうのは本当に羨ましい!!
19
万国アノニマスさん
自分は二分というサムライの硬貨を持ってる
銀と金で構成された合金硬貨で凄く小さいので
ポケットの中に入れたら一朱銀はさらに小さく感じるに違いないと想像してみる
自分は二分というサムライの硬貨を持ってる
銀と金で構成された合金硬貨で凄く小さいので
ポケットの中に入れたら一朱銀はさらに小さく感じるに違いないと想像してみる
20
万国アノニマスさん
こういうのはキュートだし大好きだよ!!
こういうのはキュートだし大好きだよ!!


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コメント一覧
数が多いので、そんなに価値は無い。銀としても1.8g(180円今の相場)
本物なんだ
日本の戦国時代は世界では銀での取引が主流だったけど、その3分の1もの量が日本産だった
つまり何気に世界最大の軍事国家だった模様
補足トリビアさんきゅ
爺さんからもらった一銭硬貨や旧札も手元に残してある
とくに大判、小判、貿易銀、一円銀貨
見た目不揃いだけど、含有率とかとんでもなく正確だったって本当なんかね。誰か詳しい人いない?
むしろ外国で見つかる硬貨の方が本物だろう。
一両20万円くらいの価値だっけ?
一両盗むと死刑だっけ?
宝くじで高額当選したら
千両箱を買うのが夢だ
時代劇でよく飲み屋で支払ってるからな
(価値は低い)
江戸:金と銭、大阪:銀(匁って重量って扱っていた)と銭だったのを田沼さんが銀での貨幣の流通を目論んだ・・・
南鐐・一朱銀の時代には成功しなかったけど、後には大阪の銀による通貨の世界を江戸側が飲み込んだ
1両:4,000文、1分:1,000文、朱:250文、波銭:4文
価値は米のお値段が江戸時代(300年間)で大きく下落してるから、評価は江戸時代のどこのあたりか? で大きく異なる
だけど250年の間にどんどんインフレが進み、幕末には600円くらいの価値しかなかったという。
石見銀山だけで最盛期(江戸時代?)は世界の3割って聞いたよ
鉄砲も世界一の保有数だったとか
嘲りだよ
「貨幣経済あったのかよ?ww」ってヤツ
それをナチュラルボーンでぶつけてくるので急激に西洋化しなきゃヤバイって時代が明治大正
捕まったら死罪になるし、皆殺しにしたろ
時代劇ドラマでよく「10両盗むと死罪」と出てくるけど、どうやら本当らしい
昔の日本=お侍や忍者のイメージだったな
徳川家康が佐渡で銀を採掘してオランダから最新の大砲手に入れ大阪城の天守閣などを破壊して戦意喪失して豊臣方に肩入れしてたスペインが敗北とNH番組の録画したの昨日みた。
側面のカット面と文字の凹凸が怪しい
あとは重さ計れば1発でレプリカかどうかわかる
自分もそう思った!
小さな五重塔の枠にこれをはめてペンダントを作ってみるつもりだ
だせぇw
江戸中期以降は番頭以下は十両超えると死罪。
横領を想定してるから丁稚なら一両でも死罪で、一般人なら盗みで一両でも死罪。
民法と刑法で扱いが変わるという認識。
考えたこともなかった
小判金などは当時の庶民には高嶺の花。
江戸期においては、江戸では金、上方(大阪)では銀が主に使用されていた。
そのせいで大量の金が国外に流出、経済が混乱して、明治維新の遠因になったとか
『十両盗むと首が飛ぶ』だね。だから泥棒は九両三分二朱盗む、なんて言ったり。
でも実際には、罪の内容で変わったらしい。土蔵破りだったり再犯だったりすると十両に満たなくても首が飛んだりしたそうだ。
人のせいにしてはいけないよ。
当時の人たちはそれで納得したのだから。
情報格差は怠惰の証(あかし)。自責でしかない。
※43
メキシコ金貨への(江戸幕府の)値つけが間違ってたよね
江戸時代、両替は有料、金貨(江戸)、銀貨(大阪 重さで流通)を両替する場合、両替商が手数料をとった、この手数料を無くすのが一朱銀、当然ながら両替商の強い抵抗があったのよね。
「どうしてくりょうさんぶにしゅ」って言葉があって
これ、落語のネタなんだけど
個人的に、なんで十両の手前が九両三分二朱なんだろうって、不思議なんだよね
九両三分三朱でしょ?語呂なんかな?
植民地にされた国で同じこと言ってこいよ。
そうだね
金は1両=4分=16朱=4000文
で、1両=銀60匁 だいたいこんな感じ
大工さんの日当が5匁程度だったみたい
まぁ時代で変わるからかなりアバウトだけど
なんで?
別物過ぎて意味不明。
感情的になって理性的な思考できなくなってるでしょ君?
ハリス時代に取引時に不平等条約でも結んでた訳でも無しに。
1番は語呂だと思うけど、二朱金があるからってのもあると思う
州ごとで異なるデザインのドル硬貨を、叩いて伸ばしてリングにするお国柄だから
コインが一両、一分、二朱、一銭しかないから
なのでなんで十両の手前は九両三分二朱199銭になる
もっとも銭はアメリカのセントみたいに特別扱いでいくらあっても二朱とは扱ってくれなかったみたいだけど
一朱金はほぼ流通して無い、2朱金が普通だったから。
一朱は250文だから庶民が使う銭に近い、そっちは銭差し=96文を纏めたもの 4文は手数料みたいなもの で間に合うからね。
1朱金は文政の頃に有ったけど、大きさは2朱金の半分で四角で無くすとかで不評で20年ぐらいで無くなった
2朱銀、1朱銀は大きい。 銀だからね だけど文政期の1朱銀は流行らず 両替商の抵抗とかで、幕末になってようやく2朱銀、1朱銀の流通が増えた
騙されたほうが悪いという考え方は倫理観が破滅している。
知性と教養の無さの所為。
安く仕入れて高く売っただけだぞ
商売の基本
英語でも「cowboy era」ぐらいの表現は普通に使うからな。
とっておけばよかった
騙してないよ。
商売上安く仕入れて高く売るのは常識でしょ。
実際、国際金相場はあの時代に外国に人を派遣して確認していれば確実にわかること。
胡座をかいた単なる怠惰でしかない。
実質紙幣みたいなもんだよね
為替もあったし江戸時代の日本の経済は本当に先進的だった
一両は米一俵の値段、米一俵はひとりの人間が食べる1年分の米、一俵の米がとれる土地が一石
って換算が基本だね
いや、日本は金が安かったから、メキシコから銀貨を持ち込んで金に換金して持ち出してたんだよ。
幕府もそれを阻止しようとして、色々手を打ったんだが、その度に武力を背景に恫喝して来てる。
3両1分って説明があるけど、カネで俸禄は支払わない。札差しで両替するのは本人 まあ、換算したらその値段
扶持は一日5合、但し、2食の計算で、籾付きでの5合、1年で一俵で
地域差があるけど、江戸なら3斗3升3合かな?
石は約180㎏
俸給は米そのものの支給なら俵、領地があるなら石、江戸時代で落ちついた中期以降では4公6民
だけど、中期以降は米の売値は一升が60文ぐらいだったので、札差に売る値段はもっと安いので、武士階級は困窮する一方だった
君の話は正しいようだ。ただし欧米列強の基準についても一理あったようだ。これを盾に強引に押しきられ(反論できず)てしまった。ただ、日本側も後手に回ったが、世界情勢を知り(まぁ大量に両替するためだけに商船が大船団でくれば流石に気付くか)、金含有を落とし(銀比率を上げる)た小判を発行して終息させている。
要は初期対応の悪さと自国しか見ていなかった。この後手対応を手玉に取られてしまったわけだ。そもそも日本の価値観だと金と銀は1対4の比率で、欧米はそれに従っただけ。欧米基準は1対12だけどね。欧米は日本の基準に合わせたという理屈が通るし、日本は物の価値を知らなかった。
知らなかったから許されるということは、商売のルールにはない。
日本は植民地国家でもない。自主主権国家だ。責任は主権者に帰属する。
ユニークにはなると思うけど
落語の「ときそば」で有名な二八蕎麦(16文)を400円と考えるなら
1両(4000文)は10万円だ。なら一分は25000円、一朱は6250円。
知らない人も多いが、江戸の貨幣は金貨銀貨で買えるものと、銭で買えるものが
違うんで、この一朱銀貨で八百屋で「野菜くれ」と言ってもおつりは出ないよ。
時代劇の居酒屋で「おやじ!勘定はここに」と言ってこれを置いたら、その意味は
「釣りはいらねぇ。とっときな」の意味だ。もちろん小判でも釣銭は出ない。
金銀の交換比率が日本と欧米で違っている事は元々理解していました
どうして江戸末期に金が流出してしまったかというと
それは一分銀が秤量貨幣ではなく信用貨幣だったからです
一分銀は、一両小判の4分の1に相当する銀の重量は無く
幕府の信用によって流通していたのです
ウハウハになる筈が持ち帰れば持ち帰るほど価値が下がってスペイン涙目と聞いた
人〜生楽有りゃ苦〜も有るさ
・日本の銀貨はその額面の半分の量の銀貨しか含有してない
・そもそも当時の日本は銀に対して金が安めだった
・日本の銀貨と海外の銀貨は量によってのみ価値が決まる
この三つが合わさると、海外の銀を日本の銀貨に変える(日本国内で額面二倍)→日本の銀貨を金貨に変える(世界基準で元手の銀の三倍近くの額)
こういう錬金術が成り立ってしまって金の流出が始まった。もちろん幕府もそこまで頭悪くないから早期に手を打って調整したんだけど、短い期間で随分やられてしまった
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