引用:http://redd.it/1y43a1


スレッド「最も遅いマラソン記録」より。日本のマラソン選手・金栗四三が記録した、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3というオリンピック記録が話題となっている。

Commemorative_plaque_of_Shizo_Kanakuri_in_Sollentuna

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1912年(明治45年)のストックホルムオリンピックで、レース途中で日射病で意識を失って倒れた金栗四三は、近くの農家で介抱される。その農家で目を覚ましたのは、既に競技も終わった翌日の朝であった。競技当日は、40℃という記録的な暑さで、参加者68名中およそ半分が途中棄権し、ポルトガル代表のフランシスコ・ラザロは倒れた上、翌日亡くなった。マラソン中に消えた日本人の話は、地元で開催されたオリンピックの話題の一つとしてスウェーデンではしばらく語り草となっていた。

メダルが期待された4年後のベルリンオリンピック(1916年(大正5年))は、第一次世界大戦の勃発で開催中止となり、出場を果たすことができなかった。その後、1920年(大正9年)のアントワープオリンピック、1924年(大正13年)のパリオリンピックでもマラソン代表として出場した。成績は、アントワープで16位、パリでは途中棄権に終わっている。

1967年(昭和42年)3月、スウェーデンのオリンピック委員会から、ストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典に招待される。ストックホルムオリンピックでは棄権の意思がオリンピック委員会に伝わっておらず、「競技中に失踪し行方不明」として扱われていた。当時の記録を調べていたオリンピック委員会がこれに気付き、四三を記念式典でゴールさせることにしたのである。

招待を受けた金栗はストックホルムへ赴き、競技場をゆっくりと走って、場内に用意されたゴールテープを切った。この時、「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」とアナウンスされた。四三はゴール後のスピーチで「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」とコメントした。

http://ja.wikipedia.org/wiki/金栗四三

(海外の反応)


・この記録が破られることは絶対にあり得ないだろうね


・律儀に100分の1秒まで記録してあげてるところが素敵!


↑オリンピック記録だから正確に記録する義務がある、当然の措置だよ


・ちゃんと1920年のアントワープ五輪にも出場してるのに、なぜスウェーデンは行方不明のままにしたのか


↑スウェーデン人には日本人の顔の見分けがつかないんじゃね?


・実はこの金栗さんの子孫と、介抱したスウェーデン農家の子孫が、ストックホルム五輪100年記念のイベントで再会している。というトリビア。



↑YOU、子孫同士で結婚しちゃいなYO


・ガチで54年間マラソンするとしたら、時速どれくらいで走らなきゃいけないの?


↑時速3.5センチメートルかな。どうだ、記録更新したいか?


・カタツムリのほうがまだ早そうな記録ってことだな


ウサイン・ボルト対極的な存在だな


・貴重な競技映像見つけた。100年以上前のマラソンってこんな感じだったのね



↑この動画に映ってる人が全員あの世にいると思うとなんか不思議な気持ちになる


・スウェーデン人だけど、この話は国内で超有名。何度も子供の頃に聞かされた。


・太平洋戦争の終戦を何十年も知らなかった兵士とか、日本人のタイムスリップネタは多いな


↑それどんな話?名前教えて


↑グアム島に28年潜伏していた横井庄一さん、フィリピンに30年潜伏していた小野田寛郎さん。などなど。


・デブの俺でも54年かければマラソン完走くらい可能だ、勇気出てきた


当時ゆるゆる管理だから成立ワールドレコード


戦争が2度起こってるのも大きいだろう


短編でもいいからこの話を映画化すべき



・孫が何人も出来たとか凄い、マラソン中に人生というマラソンしまくりだ



120804-03

この記録が破られる日は来る・・・か?